人を動機付けることは難しい。

投稿日 20171205

投稿者 T.K

 

(1)労務管理の理論の殆どは「動機付けの理論」に費やされている。

 

 マズロー(欲求五段階説)もマグレガー(X理論・Y理論)もハーズバーグ(衛生要因と動機付け要因)も、「働く人たちが、何によって、どのように動機付けられるか」を、行動科学の立場から示しています。(参考「人事労務管理の思想」_有斐閣_津田真澄)

 

 この「働く人たちが、何によって、どのように動機付けられるか」という問題こそが、人事労務管理の理論や実践の中心であり、「人と組織を通じて仕事をする人たち」の悩みごとや困りごとの中心であろうと筆者は考えています。

 

(2)マズローの読み解き方

 

 「動機付け理論」の中でもマズローの「欲求五段階説」が最も有名で、拙著を含む多くの人事労務管理のテキストでは必ずと言っていいほど取り上げられていますが、筆者自身は下記のように、一般的な理解とは少し異なる理解をしています。

 

① 生存や安定の欲求こそが最も根底的な欲求であり、動機付け要因である。

 

 「働く人たち」を、何が最も根底的に動機付けるかと言えば、それはマズローが欲求段階の最下段に位置づけた「自らの生存および安全・安定の欲求」だろうと思います。言い換えれば「仕事を失ったら食っていけない」という意識です。

 

② 親和の欲求もまた重要な欲求であり、動機付け要因である。

 

 これは実は、男女差のある問題かも知れません。「働きやすい職場」とか「職場の人間関係」という言葉で表される、働く上での上司や同僚や部下や客先等との円満なコミュニケーションや理解・協力・信頼関係への欲求であり動機付けです。

 

③ 自己肯定・自己保全・自己尊厳こそが最も強固な欲求であり、動機付け要因である。

 

 これは筆者自身が人事として上司として働く人たちの動機付け要因を観察する中で得た認識です。マズローの欲求五段階説における位置付けは高くはありませんが、結局のところ、人は、自己肯定・自己保全・自己尊厳の欲求を満たすべく働いているように見えます。

 

④ 確かに自己実現とそれに向けた自己成長に動機付けられている人たちもいる。

 

 マズローが欲求5段階節の最上位に位置づけているとおり、「仕事を通じた自己実現とそれに向けた自己成長」、あるいは少なくとも「より良い仕事をしよう(それができる自分になろう)」と動機付けられている人は少なからず実在すると思います。

 

⑤ 働く人たちの欲求や動機付け要因は人それぞれ、様々であって良い。

 

 生活の糧と安定を求めるレベルから、自己実現と成長を求めるレベルまで、働く人たちの欲求や動機付け要因には、上位も下位も無く、まさに人それぞれ、様々であって良いと思います。組織や企業は様々な欲求や動機付け要因を持つ人たちの集合なのです。

 

(3)それにしても「人を動機付ける」ことは難しい。

 

 働く人たちが「組織協働的に仕事をする」ことに動機付けられてさえいれば、その要因は人それぞれ、様々であって良いと思います。特定の動機付け要因を外圧的に強制することはできず、内発的自発的に引き出す以外にはありません。

 

 「人が人を動機付ける」ことは労務管理の永遠の課題ですが、「人が人を」という部分が、それでも実際にはとても難しいのです。以下に、主に職場の上司として部下を仕事に動機付ける上でのポイントのいくつかを紹介します。

 

① 「人が人を」動機付けるのではなく「人が仕事に」動機付けられるようにすること

 

 人が人にあれこれ言って人を動機付けようとしても無理です。やはり「その仕事がその人自身を動機付けることができるかどうか」がポイントです。但し「それがどういう仕事か」と同時に「どういう仕事のしかたをするか」が動機付けのポイントです。

 

② 仕事の目的や価値に動機付けられるようにすること

 

 さらに、「その仕事の目的や価値は何か」が動機付けのポイントです。例えばコピーひとつとる場合でも「コピーをとる」という作業自体に目的があるのではなく、その先(そのコピーを何に使うか)に目的があります。そこに動機付けられるかがポイントです。 

 

③ 目的や価値を共有化し、その達成や実現に向けて協働すること

 

 仕事の目的が相手に十分伝わっていなかったり、理解されていなかったり、共有できていなかったりすれば、相手から十分な動機付けを引き出すことはできません。もちろんその目的は相手にとっても何らかのメリットのあるものでなければなりません。

 

④ 自己有能感や自己達成感や自己貢献感を引き出すこと

 

 メリットのひとつは「報酬や対価」であるかも知れませんが、その人が感じる「自己有能感や自己達成感や自己貢献感」であると思います。分かりやすく言えば「上司や他の人より自分が有能であり達成も貢献もしている」という実感です。

 

⑤ 褒めて育つかどうかは分からないが褒めれば動機付けられるということ

 

 もうひとつは上司や同僚や客先からの「感謝や評価」がその人を強く動機付けるに違いありません。ただし「感謝」は原資の制限無しで良いとしても、「評価」は有限の経営資源のひとつですので、能力と努力と実績に応じた「適正配分」が必要です。

 

 <補論_1>女性の多い看護職の動機付けに関して(働く意識の男女差)

 

1.「仕事をする上で一番大切なこと」は「相手への思いやり」

 

 「仕事をする上で何が一番大切だと思うか?」と、ほとんどが女性の看護職で占められた新人オリエンテーションで筆者が問いかけ、賛否の拍手を求めたところ、「相手への思いやり」が一番という意見が最も多くの賛同を得ました。

 

 そのほかには「職場の(上司や先輩や同僚との)人間関係」や「ワークライフバランス(仕事と私生活の調和)」が多数を占め、筆者が「狙って」いた「自己成長」や「目標達成」は、少なくとも筆者が接した女性の看護職においては上位ではありませんでした。

 

2.働く女性は「調和」や「親和」や「安定」により強く動機付けられている?

 

 マズローの「欲求(動機付け要因)五段階説」に倣ってごく簡単に言ってしまえば、働く男性が「達成」や「成長」や「自尊」により強く動機付けられるのに対して、働く女性は「調和」や「親和」や「安定」により強く動機付けられているのかも知れません。

 

 マズローは 「達成」や「成長」や「自尊」をより上位、「調和」や「親和」や「安定」をより下位に位置付けましたが、働く人たちの動機付け要因としてはいずれかがいずれかの前提となり条件となることはあっても、上位となり下位となることはないように思います。

 

参考)「仕事に対する意欲と今の職場で実現できている制度・施策との関係」 

労働政策研究・研修機構

http://www.jil.go.jp/institute/research/2008/051.html 

 

男女ともに仕事の意欲の向上に寄与していると感じる項目(上位10項目)

 ① 仕事上、上司からフォローが得られること (男性<女性)

 ② 賃金を引き上げること (男性>女性)

 ③ 仕事の成果をより重視して処遇すること (男性>女性)

 ④ 作業環境を改善すること (男性<女性)

 ⑤ 仕事上の裁量をより高めること (男性<女性)

 ⑥ 計画的な能力開発を実施すること (男性<女性)

 ⑦ 個人の希望を重視して配置すること (男性>女性)

 ⑧ 自己申告や社内FA制度を活用すること (男性<女性)

 ⑨ 福利厚生を充実すること (男性>女性)

 ⑩ 仕事と家庭生活の調和を図る施策を充実すること (男性<女性)

 

男性が仕事の意欲の向上に寄与していると感じる項目(上位5項目)

 ① 賃金を引き上げること

 ② 仕事上、上司からフォローが得られること

 ③ 仕事の成果をより重視して処遇すること

 ④ 計画的な能力開発を実施すること

 ⑤ 個人の希望を重視して配置すること/仕事上の裁量をより高めること

 

女性が仕事の意欲の向上に寄与していると感じる項目(上位5項目)

 ① 仕事上、上司からフォローが得られること

 ② 仕事上の裁量をより高めること

 ③ 仕事と家庭生活の調和を図る施策を充実すること

 ④ 作業環境を改善すること

 ⑤ 自己申告や社内FA制度を活用すること

 

<補論_2>上司が行うべきは指導より支援

 

1.部下からは、部下の「育成」や「指導」が必ずしも期待されているわけではない。

 

① 部下自身は「育成」や「指導」を期待していない

 

 「上司」という言葉や「育成責任」という言葉を聞くと、「上司は部下を管理監督し、指導育成するのが仕事だ」と言いたくなる(思いたくなる)かも知れませんが、現実にはそんなことが部下から期待されているわけでも現場で奏功しているわけでもありません。

 

② 期待されているのは「判断」と「責任」

 

 ちなみに筆者がある企業で行った人事マネジメントセミナーにおいて「上司に最も期待する役割機能は何か?」と問いかけたところ、「判断(Decision)」や「責任(Responsibility)」が上位を占め、「育成(Education)」は選択肢の中では最下位でした。

 

③ せめて「お互いの」仕事が「しやすく」なるように

 

 実は、部下が上司に期待していることは(上司が部下に期待していることも)、「自分の仕事がしやすくなるようにしてほしい」ということであり、上司は行うべき判断を行い、負うべき責任を負うことで部下が仕事をしやすいようにするのが仕事なのです。

 

3. 部下マネジメントの新「七つ道具」(案:順不同)

 

① 指導より支援

… 上司として「部下を指導・育成すること」が役割だと信じている人たちが多いかも知れませんが、部下に必要なのは上司による指導や育成よりも、上司による支援です。上司の知見や経験に基くアドバイスです。

 

② TeachではなくCoach

… 本来Educateとは「引き出す」という意味です。コーチングとは、部下から内発的な発意や発想を「引き出す」ことであり、ティーチングやインストラクションやトレーニングなどの教育手法とは異なります。

 

③ 知識や技術よりも仕事の進め方

… ほとんどの「仕事」は現実的な問題や課題を「解決」することです。また、多くの問題や課題は「人と組織を通じて」解決するものです。部下に「教える」ことがあるとしたらそうした「仕事の進め方」です。

 

④ コミュニケーション阻害要因の排除

… 部下との双方向のコミュニケーションに基く信頼関係を築くことは部下マネジメントの必須条件です。上司の言動や態度が、コミュニケーションの阻害要因になっている場合が多いことに気付き、改めることが先決です。 

 

⑤ 丸投げはタブー

… 上司は「部下という人を通じて」、また「職場という組織を通じて」仕事をする人です。このことを勘違いしてどんな仕事でも、それに対する理解も考えもなく「部下に丸投げする」だけの上司は論外です。 

 

⑥ 評価より感謝

… 人事評価は企業経営上の有限資源です。分布制限も意識せずに高位に偏った評価を行うことはやがて被評価者の不満や不信を招きます。これに対して「褒める」「感謝する」「励ます」ことはほぼ無制限にして良いはずです。

 

⑦ 上司の気付きが大事

… 上司に必要な能力や適性のうち、最も重要なことは「気付き」です。特に部下がメンタル的な不調に陥ろうとしていないか、「目をかけ、気にかけ、声をかけ」という日常的な習慣を通じて早めに兆候に気付くべきです。

 

<補論_3>上司のビヘイビアが部下の意欲を挫く

  

1.上司の役目は部下のモチベーションを向上させることよりも低下させないこと

 

 ① 人が働く上で最も重要なモノは「モチベーション(働く意欲)」です。「モチベーション」こそ人事マネジメントの最も重要な課題であり、人や組織のモチベーションを高く維持することこそが上司や管理職の最も重要な機能です。

 

  ② しかし現実には「部下」のモチベーションを挫く原因となる人たちの「ワースト1」は、おそらく「上司」だろうと思います。(逆にモチベーションを高める人たちの「ベスト1」は、おそらく「上司」よりも「顧客」ではないでしょうか?)

 

 ③ 「部下」のモチベーションを挫く「上司」のビヘイビア(言動や態度)を、以下思いつくままに以下に列挙してみます。上司が部下のモチベーションの向上を考える前に、部下のモチベーションを低下させていないかどうか気付くことが先決です。

 

2.部下のモチベーションを挫く上司のビヘイビア

 

 □ モノを知らない。

 … 何が法であるかさえ知らずに法を語ることはできない。「知らずに(知ろうとする努力さえせずに)語る」上司は部下に愛想を尽かされる。

 

 □ 考えがない。

 … モノゴトを知っているとしても「どう考えるか」「どうすべきか」を自分の言葉で語れない上司には幻滅しか感じない。

 

 □ 共感を欠く。

 … 「下事に通じずとも下情に通じる」上司でいたい。部下がどんな「気持ち」で働いているかを感じとり、慮ることができない上司はただ疎んじられる。

 

 □ 現場を知らない。

 … 知ったかぶりの「一般論」や「べき論」では現場の仕事は動かない。部下が現場で実際に何に困ってどんな苦労や努力をしているかを知るべき。

 

 □ リスペクトが無い。

 … 部下が感情、考え、行い、発言、立場、事情、その他部下の人格的要素への尊重や配慮が上司のビヘイビアから伝わらなければならない。

 

 □ 行うべきことをしない。

 … 上司の仕事は「判断」と「責任」であり、自ら「実行」すべきこともあります。これらに欠け、「割り振る」だけの上司は部下の信頼も意欲も失う。

 

 □ リテラシーが低い。

 … 例えば「ITリテラシー」が低く、電子メールひとつ仕事でまともに使いこなせないような上司は部下の足手まといになるだけ。