医師の「働き方改革」(時間外勤務の上限規制)への現実的対応について

投稿日 20171201

投稿者 T.K

 

 時間外勤務の上限規制をはじめとする「働き方改革」を、医師にも適用するという前提での議論が行われていますが、肝心の医師自身はこのことをどのように受け止めているのでしょうか。筆者が人事を担当するある総合病院での実態の一部を以下に紹介します。

 

1) A医師は研修医の指導で全国的に有名な医師ですが、あるとき筆者に向かって「Kさん、私はこの仕事に命を賭けているんですよ。」と言いました。その時の真剣な表情は今でも鮮明に覚えています。「命を賭けている仕事」に「時間外勤務の上限規制」が馴染むでしょうか?

 

2) B医師は筆者に向かって「仕事のやりがいは自分で見出します。だから仕事がしやすいようにして欲しい。」と言いました。まさに、「仕事のやりがい」と「仕事のしやすさ」は、職場管理の根幹です。「時間外勤務の上限規制」は「仕事のやりがい」と「仕事のしやすさ」につながるでしょうか?

 

3) C医師は全国的な病院組織の代表者ですが、「医師の時間外勤務の上限規制は、医師の文化を崩壊させる」と公言しています。しかし、たとえば「1カ月100時間以上」の時間外勤務によって支えられる「医師の文化」とは何でしょうか?医師自身が心身の健康を損なっては「医師の文化」も成り立たないでしょう。

 

4) D医師は極めて優れた病院事業の経営管理者ですが、「医師だけが特別、うちの病院・診療科だけは例外、という意識はもう捨てよう。この機会に我々の働き方を見直そう。」と医師たちに向かって言ってくれました。病院の人事労務担当にとってこれほど力付けられる言葉はありません。

 

5) E医師はある診療科の責任者ですが、「医師の働き方改革」に呼応して、「少なくとも当直明けは必ず休める体制にしよう」と言って医師の採用活動にたいへん前向きです。もちろん筆者も人事担当としてこれに呼応し、当該診療科は来年度増員の見込みです。医師の採用は医師自身が本気にならなければ進みません。

 

6) F病院の医療技術者はスキルもモラールも高く、医師からも常に高評価を受けています。筆者が「医師の働き方改革に呼応して、医療技術職のスキルの向上と医師との協働の促進に同時につながるような具体的取り組みは何か?」と聞いたところ、下掲のような意見が寄せられました。

 

① 看護

 認定看護師、専門看護師をはじめとする認定資格や専門研修。コーディネート、患者教育、診察前のアセスメントを担うスペシャリストの育成と活用。特定行為(より高度な診療補助行為(たとえば皮膚の縫合や点滴投与)について研修を修了した看護師が手順書に沿って行う38の行為)

② 薬剤

 専門薬剤師や認定薬剤師。資格があると医師の信頼感が得られ、医療の質向上に寄与できる。薬剤の副作用チェックのための検査オーダーなど。プロトコールに基づいた医師協働業務。

③ 診療放射線

 より客観的な評価を得られるのが、学会による認定技師を取得する事。また当院では、下記の範囲で読影補助を行っています。X線撮影:胸部X線、マンモグラフィCT検査:心臓CTアンギオ、MRI検査:頭部、脊髄、心臓、乳腺の領域

④ リハビリテーション

 より質の高いチーム医療への体制整備…たとえば、SCU(脳卒中ケアユニット)などの施設基準をとる。新たな先進医療の導入…ロボットリハビリの導入など。地域、町づくりへの貢献…予防医療、防災リハビリ等、町づくりへの参加。入院から退院までのリハマネジメント…リハビリの必要性があるかないか、医師が処方を出す前にあらかじめ評価を行う。在宅リハマネジメント。

⑤ 診療情報管理および医事

 医事データの活用について。各診療科の詳細なデータ分析・フィードバックをすることで医療の質、経営の質向上に貢献。特に請求に関する専門性を高めることは病院の収入を左右する。医師業務の負担軽減については、チーム医療を中心とした診療が欠かせない。医師事務作業補助者による文書作成。さらに外来診察室での補助業務がさらにできると負担軽減につながる。

⑥ 医療連携福祉相談

 退院支援業務に関わる中で、「人生の最終段階における意思決定支援」に関わること。本来は、がんや心不全の治療など、治療を継続している段階で話し合いが持てるとよい。医師から今後の治療方針についてICを行う際に同席し、その治療を行った場合の療養生活はどのような場となるのか、転院・施設の受け入れ条件や費用などを説明すること。

 

「医師の働き方改革」は、医師に「時間外勤務の上限規制」を頭から押し付けるだけでは何も解決できません。また医師だけではなく、病院の経営者・管理者の理解や、医師と協働する医療従事者の協力が必要です。(患者側の理解と協力も必要ですが、病院全体で真摯に取り組めば、やがて国民的コンセンサスが得られるでしょう。)